2001年11月3日(土)

第36回全国切手展<JAPEX’01>も今日で2日目。開場に行く前、まずは豊島局に寄って、今日のみ使用の小型印2種類を記念押印しました。

そのあとガレージセール会場の文化会館7階の710会議室に向かう。小型印押印時点でもう10時半だったため、ガレージセールは既にスタートしてましたが、スタートして10分もたたないうちに大勢の人が目的の切手類を求めにきてました。(下の写真は10時41分現在)

私は今回、エコー葉書や北海道の風景印・小型印官白がお目当てでした。まず見つけたのが、遠藤幹也さんのブースから戦後まもない風景印、小型印官白です。帯広局と洞爺温泉局の風景印初日印をGETすることができました(各900円)。アメリカからの逆輸入ということで、状態はすごくいい状態でした(ヤケは葉書の素材自体が悪いので当然のことです)。

そのあと、エコー葉書などたくさん持ってきていた東広島の渡邊智弘さんから、わざわざおとといから発売の平成14年用年賀葉書で唯一広告つきのが出た新潟まで行って買ってきた年賀エコーをGETしました。

また話のタネとして、狂牛病騒ぎにちなみ、前に出た国産牛肉宣伝のエコーを買いました。フレーズが「新鮮だね、安心だね、おいしいね、」…。今年の時事ネタ用にオススメの一品です(国産牛肉のエコーはこのほか、田中邦衛さんが登場のエコーもありますね)。

このほか、ブース名をチェックするのを忘れてしまったのですが、戦前の特印を扱っているブースがあったので、北海道で使用のものを5枚(1枚200円)で買ってきました。そのうちの1枚は昭和8年8月8日使用の留萠局「留萠築港竣工記念」(図左)は、昨日買った「記念切手と特殊通信日付印」に収録されているもの(図右)でした。本では使用日は昭和8年8月8〜10日の3日間、使用局は留萠局(1局)、図案説明は「外港・内港・副港の三段式体系を完備した鳥瞰図、内港にある大起重機並海鳥、月桂冠」です。

もっとたくさん見ていたいものの、午後2時過ぎに昼食を取る。サンシャインシティ内の飲食店はどこも混んでいたので、東急ハンズ前の松屋で牛丼を食べる。雨が降っていました。天気予報を聞いてなかったので、傘をガレージセール会場内に置いてもらったバック内にあるので、ちょっと濡れてしまう。
文化会館7階に戻り、午後2時半からは「切手の集い」ということで、パソコン郵趣部会に参加しました。皆さんの近況について話をしてもらいました。やはりデータの入手やデータベースづくりに苦労している、という話をされていた方がいました。北海道分については、ありとあらゆる題材のリストをつくって、皆さんにどんどん利用してほしいですね。もちろん、まずは自分自身のためにリストをつくっているんですけど、調べていくとどんどん北海道のことがわかってくるので、ほんとに作業が楽しくて仕方ありません。ただ、スキャンするなどの機械的作業はつまらないですが(^^;。私はおとといの日高・馬風景印局回りのことなどについて話をしました。局回りをしていて重要なのは、行った様子などを忘れないようすぐ記録することですね。私の場合は記録がそのまま、この場、ホームページでの紹介となりますね。
あっという間に終了時刻の午後4時となり、今度は2階の<JAPEX’01>第1会場に行って、売価35円時代のエコー全国版、準全国版未入手分が5種類あったので、それをすべて見つけるべく、昨日に続きブースまわり。
昨日行った眞珠スタンプ社、サンスタンプの再捜索で4種見つけ、あと1種類が1983年発売のナムコ「パックマン」。今度はセキグチにあった風景印官白をターゲットにして、探すこと20分。風景印自体も初日印ではない、平凡な風景印官白でしたが「パックマン」エコーを見つけ、これでお目当てのエコーを全部買うことができました。家に戻って、今回入手エコーの図版をホームページに紹介すると、昭和時代の北海道発売分エコーの図版紹介も未収録が北海道版2種(高野観光開発、佐久間製菓)のみとなります。
あと、海外郵政のブースで使用の記念印を記念押印してきました。(左:アメリカ、右:ロシア)

今日も楽しいひとときでした。でも、時間がなくてガレージセールでもっといろんな人といろんな話をしたかったのですが、そういう余裕がなくてちょっと残念。でも皆さんとお話できる機会はこれからもたくさんあります。また、ガレージセールに顔出ししたいです。なお、今回出店しなかったのは、自分自身がもっとフリーに動いて楽しみたかったためです。出店を期待していたみなさん、ごめんなさい。
この日の夜は札幌ドームでサッカーJ1、コンサドーレ札幌−浦和レッズの試合が午後7時から行われました。この試合の前、東京ヴェルディ1969がヴィッセル神戸と2−2の引き分けに終わったため、コンサドーレは勝ちか引き分けでJ1残留が決定となります。午後9時過ぎにJリーグのテレホンサービスで確認したところ、前後半90分を終了して1−1のまま延長戦に突入とのこと。そのあと、ほぼ5分おきにテレホンサービスにてチェックして、1−1がずっと変わらず。そして、1−1のまま引き分けとなり、この瞬間、コンサドーレは初のJ1残留が決定しました。1998年12月5日、室蘭でのアビスパ福岡と0−3の惨敗でJ2降格して以来、J1残留はコンサドーレにとってはとりあえずの「悲願」でした。これがやっと決まり、ほんとに嬉しいですね。コンサドーレボランティア仲間に夜11時半頃電話したところ、延長戦突入→J1残留決定ということもあって、夜遅くまでボランティアとしてドーム内の清掃などをして、ちょうど終わって、これからボランティア仲間で「J1残留祝勝会」をするところ、とのこと。ほんとにこれで安心して残り3試合を戦うことができます(^^)。(2001.11.4更新)


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