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| 11:25 | ニッカ会館を出る前、笠谷幸生さんのパネル前にあった記念スタンプ2種類を押す。 |
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| 11:30 | 再びウイスキー博物館に入り、「ニッカシアター・浪漫」で竹鶴政孝と妻・リタのロマンスを10分間、見ました(15分置き)。竹鶴の夢である日本におけるウイスキーづくり、その熱意がリタとの出会いで、その夢は2人の夢となり、結ばれることになりました。 日本に帰国後も度重なる苦難も2人で乗り越え、余市に理想のウイスキーづくりができる工場をついにつくり、今にいたっています。 「夢」に対する執念というか熱意が、リタ夫人という良き理解者を得てさらに強まり、その「夢」を実現したのでしょう。 やはり「夢」を持つことは大切なんだな、そして、どんなにハードルが高くても「夢」はかなえることができるものだ、と今回行って強く感じましたね。 昨日の木田金治郎美術館、西村計雄記念美術館に行ったときも、奥さんの愛情があってこそ「夢」をかなえることができたと言ってもいい、という感想だったので、そういう思いを竹鶴政孝の経歴を見て、さらに強く思いました。 なお、ニッカウヰスキーはエコー葉書(当時は「広告付き葉書」)の第2次府県版として登場しています(1981年12月1日発売)。最初に登場のエコーはどれも、北海道ならでは、そして意味も非常に深いものばかりですね。もうすぐ、そのエコーが発売されて20年。20年たって、やっと意味の重さがわかってきましたね。まるで、ウイスキーを熟成しているかのごとくかな(^^;。 |
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ニッカウヰスキーホームページ |
| ニッカウヰスキー・北海道工場 http://www.nikka.com/company/hokkaido/ |
| ニッカ・竹鶴政孝の世界 http://www.nikka.com/brand/taketsuru/ |
| ●一旦、蘭島郵便局へ |
| 12:10 | JR余市駅から小樽行・普通列車に乗る(2分遅れ)。 |
| 12:16 | 次の蘭島駅で降りる。蘭島駅の待合室で葉書をあて名書きなどをする。 |
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| 12:30 | 蘭島局到着。ゆうゆう窓口にて風景印と和文印の押印をお願いする。対応していただいた局員さんがすごくやさしい方でした。風景印押印後、インクを乾かすため、葉書を重ねずに台に置いていったのですが、台のスペースがほとんどなく、葉書を置くところがなくなってしまうと、局員さんは新聞紙を広げた状態で両手で持ち、「この上に押した葉書を乗せてください」と親切にしていただきました。感激です。なお、東隣に建設中の新・蘭島局は12月10日(月)から営業開始とのことでした。 |
| 12:42 | 押印終了。丁重にお礼を言って、局を出る。そのあと、あと1ヶ月足らずの現局舎を撮影する。 |
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| 12:48 | 蘭島バス停から余市行・中央バスに乗る。 |
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| 12:48 | 蘭島バス停から余市行・中央バスに乗る。 |
| 13:05 |
余市宇宙記念館前で降りる(運賃230円)。 |
| ●余市宇宙記念館 |
| 13:10 | 余市宇宙記念館に入る(入館料1,200円)。 |
| 13:22 | ハッブルシアター内には、毛利衛さんが2度目のスペースシャトル搭乗の際、機内に持ちこんだコンサドーレ札幌の岡田監督のサイン入りペナントの展示、昨年12月22日発売の20世紀デザイン切手第17集のシート(盾入り。余市郵便局長から贈呈)や過去2度発売されたエコー葉書も展示されていました。 |
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| 13:30 | 「オペレーションショー」(集合型ゲーム(10問のクイズが出題))のあと、「スペースツアーズ」(12人乗り(×4機)のシュミレーション・ライド)に乗る。バーチャル宇宙飛行が体験できます。なかなかの迫力でした。 |
| 14:05 | 「毛利ミュージアム」に行き、毛利さんの小さいときの写真や文集の作品などを見ました。毛利さんが小学時代のとき、月面着陸したときのテレビ放送をバックに記念撮影した写真がありました。ほんとに小さい頃から、宇宙に強い憧れがあり、「宇宙に行ってみたい」という夢をずっと持ち続け、そしてその夢を日本人初のスペースシャトル搭乗員として本当に叶えることができたのですから、すごいです。小さいときの夢、それも日本人の誰しもなし得なかったことをすることがどれだけ大変なことか。それは、ニッカの創業者、竹鶴さんがウィスキーづくりに対する情熱、そして毛利さんの宇宙に対する情熱、どれもすごく熱いんですよね。誰もやっていないことをやることがどれだけ大変なことか。そういう話を聞くと、感動ですよね。 そして、ミュージアムの入口に余市高時代の卒業文集でに書かれた「大空の神秘」があり、高1のときに網走まで行って体験した皆既日食の観測について、熱く書かれています。最後に書かれていた内容が、観測後に網走市内まで戻ったところで、うすい朝霧で覆われてしまい、どんどん観測していた東側に移動していたので、本当に運が良かった。その薄い霧を透して8割ほど復活した太陽が明るく輝いていて、その光にうつるものはすべて美しい。こんなに晴ればれとした朝の気分はいままで経験したことがなかった。…とのこと。ここでも宇宙のすばらしさに感動して、さらに認識したんでしょう。 |
| 14:15 | 「毛利ミュージアム」で、毛利衛さんが最初に搭乗したとき、宇宙から地球を見た思いなどを語ったビデオを見る。そのビデオの中で毛利さんは、宇宙から見ると地図にはある国境線なんかどこにもない、そして、太陽の光はものすごい光でそのままで浴びることはできないけれど、地球の大気によってやわらかい光にしてくれる地球はすばらしい星である、まるで「宇宙船地球号」に我々が乗っている、ということをおっしゃってました。 ほんとに感動したとともに、森林が伐採され、どんどん緑が少なくなっていることも実感し、地球はわずか数百年の間に危機的な状況になっている、地球のことをもっと考えていきましょう、と訴えていました。目先のことだけ考えると、あとで取り返しのつかないことになってしまいますよね。そういうことだけは絶対にあってはならないですよね。 ※ 家に戻って、毛利衛さんに関することについて、インターネットで検索してみたところ、余市高時代の担任の先生に出会って、人間的に一番影響を受けたということが、毎日新聞のサイトに書かれていました。毛利さんが高3のとき、先生に「大学受験の意味を考えたことがあるか」と言われ、そのときはピンとこなかったのですが、北海道大学に入ってから、大学に失望してしまい、先生に「大学が面白くない」と言ったところ、先生は「大学なんてそんなもんだよ」と言って笑うだけ。そのとき、大学は入ること自体が目的ではなく、科学者になる夢を実現させるためと気づき、それから自分のしていることの意味を考え、次の夢のためにどうすればいいかを考えたおかげで、スペースシャトル搭乗員という夢をかなえることができたわけです。ほんとに、出会いが人生を大きく変えるきっかけになる典型ですよね。でも、先生の言葉で自分が「気づいた」からこそ、きっかけになったわけです。気づかなければきっかけにならないわけです。つまり、人生を大きく変えるきっかけの出会いって、実はいろんなところであるはずです。それに気づくかどうか、だと思います。 毎日新聞INTERACTIVE「新・教育の森/学校と私」 |
| 15:10 | 余市宇宙記念館を出る。余市に来ると、夢と感動を与えてくれますよね。私のこうやって出かけるとき、旅行というよりは、偉大なる北海道出身またはそのマチで活躍した方々の軌跡を訪ねているということですね。ほんとに感動です。何か、自分もできればいいな、と思いますよね。 |
| 15:20 | 余市宇宙記念館の建物内にあるけれど、道の駅の休憩所として利用されているところで、朝にSLニセコ号社内で買った「秋の味覚弁当」をやっと食べる。2層になっている弁当で、「壱の重」(写真・中)はジャガイモのチーズ焼き(倶知安産)、煮物(カボチャ、筍、人参、もみじふ)、野菜コロッケ、鮭しめじ紙包み、余市のブドウ(余市産)、牛肉ゴボウ巻、昆布、人参だし巻玉子焼き、「弐の重」(写真・右)は山菜御飯栗・茸、無着色ちりめん(寿都産)、きのこステーキ、地フキ、海草サラダとホッキ貝、コーンシュウマイとほんとに「特別メニュー」だけある内容です。この弁当で千円はほんとにお値打ちものです。 |
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| 15:57 | 余市宇宙記念館からJR余市駅に向かう。 |
| 16:15 | JR余市駅から小樽行・普通列車に乗る。 |
| 16:46 | 小樽駅に6分遅れで到着。 |
| 16:55 | 運河プラザに到着。「運河プラザ郵便局」(小樽局の常設出張所)にて小樽局の風景印を押して手紙を出す。外国(中国系)の観光客が「窓めーる」を買って、母国あてに手紙を書いていました。 |
| 17:45 | 小樽駅に戻り、新千歳空港行・快速エアポートに乗る。 |
そのあと、札幌駅でいったん下車し、札幌駅周辺で用足しをしたあと、厚別駅まで行き、自宅に戻りました。
(2001.11.28更新)
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