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登別・伊達・虻田局廻り記・その2(2002年5月18日(土)) |
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13:46 |
国道230号線を進み、途中、脇道に入り、道央自動車道の上を通り過ぎ、とうやこ幼稚園方面に進んで行くと、「西口火口散策路南口」に到着。駐車場があり、ここから先は車両通行止で、散策路がありました。2000年の有珠山噴火のあと、こういう散策路ができていたのは、全く知りませんでした。で、丸形ポストを目指し、散策路を進む。 虻田町ホームページ 西口噴火口周辺イラストマップ |
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| 13:48 | 散策路南口からすぐのところに、とうやこ幼稚園の建物がありましたが、溶岩が建物を襲った模様で、窓ガラスは割れたため全くなく、建物はかなりの損傷。幼稚園内には荷物が散乱してました。 |
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| 13:50 | 道路は噴火による隆起で、アスファルトはあちこちで割れてました。 |
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| 13:55 | 道路のど真ん中になんと火山活動による隆起で6mも盛り上がっているところもありました。(左の写真の右にある看板の高さと比較すれば、高さがわかると思います) |
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| 13:56 | このあと、道路はこの辺りからほとんど跡形もない状態で、遊歩道は枕木を敷き詰めてでつくらていました。建物やクルマがメチャクチャな状態で、見るに無惨な状態を目の当たりにしました。ほんとにひどいの一言。噴火前に住民に対して避難勧告を出したおかげで、奇跡的にこれだけの被害がありながら、死者・負傷者ゼロというのがほんとに救いでした。だからこそ、こういう形で有珠山噴火による惨状を観光客などに公開することができるわけで、もし噴火によって死者が出ていれば、こういう公開は心情的に考えてとてもできないでしょうね。 |
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| 14:00 | そして、散策路の中間点、第1展望台・第2展望台に到着。いたるところに水蒸気が出ていますが、噴火のおそれは全くありません。上から回りを見渡すと、この辺りは国道230号線として道路整備されていたはずが、道路のほぼ真上に噴火したため、西口火口付近の道路はほとんど跡形もない状態でした。こんなところから噴火するなんて、誰も想像できなかったわけで、ほんとに自然の恐ろしさをまざまざと見せつけた感じです。 そして、丸形ポストも実は噴火に伴い、埋まっているのでは…と、想像してしまいました。 (左の写真の上側は虻田市街、さらに上側が内浦湾です) |
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| 14:03 | 国道230号線沿いの速度標識のあった電柱が折れた状態のまま残されているのを見て、ほんとに、自然のパワーのすごさをまざまざと感じてしまいました。 |
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| 14:13 | 西口火口散策路の北口に到着。散策路の南口〜北口間の距離は約2kmでした。 |
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| 14:15 | 西山火口散策路北口の先に丸形ポストを発見。しかし、「文栄堂」というところではなく、とある民家の前にありました。民家のとなりはコインランドリーとミニカフェ「恋泉(こいずみ)」、そしてアパートがありました。で、デジカメ撮影をしていると、ポスト内の手紙を取り集めるため、虻田郵便局の郵便車が到着しました。で、局員さんが「こんにちは」とあいさつをしてくれたので、私もここぞとばかり、「前からここにポストはあったのですか?」と聞いたところ、「前からここにポストはあったけど、噴火のあとはしばらく立入禁止だった」とのこと。で、郵便車と丸形ポストとの「ツーショット」写真を撮影。 そのあともいろんなアングルからデジカメ撮影していたら、ポスト前の家にいる住人が玄関から出てきて、不思議そうな顔をしていたので、私の方から「古い丸形のポストを撮影しています。ご迷惑をかけてすみません」と断りを入れたところ、「どうぞご自由に撮影してください。テレビとかで昔のポストについて放送されていたけど、私のところには来ないんだよね。ここは泉という町名だから隣のコインランドリーにあるミニカフェの名前を「恋泉」と名付け、息子の名前からアパートの名前(「メゾン・ド・ヒデ2(Meson de Hide II))」を付けたんだよね。私の家は「藤田」という名前だから、宣伝しておいて」と言われてしまいました。で、私は「明日、洞爺湖マラソンがあるので、ついでに来ました」と言ったら、「明日は会場でアイスクリームを売るよ」とのこと。そして、「どこに泊まるの」と聞かれたので、「カトレア(虻田町に近い壮瞥町にある保養所)です」と答えると、「何なら送ってあげるよ」と言われてしまいましたが、丁重にお断りいたしました(^^;。それにしても、丸形ポスト撮影だけで、これだけいろんな会話があると、楽しいですね。撮影しにきた甲斐がありました(^^)。 で、注目なのが、丸形ポストの差入口が西口火口を向いていることです。昔からこの位置にポストがあったとのことですが、差入口の向きも昔からこの位置だとすれば、なんかすごい偶然だなぁ、と思ってしまいます(噴火のあと、あえて差入口の向きを変えた可能性もありますが、先ほどお話したポスト前の家の方にそこまで質問する余裕はなかった(^^;)。 |
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| 14:54 | 洞爺駅から約8km歩き、洞爺湖温泉街に到着。洞爺湖マラソンの前日受付を行い、ゼッケンと参加賞のTシャツを受け取る。 |
| 15:00 | 昭和新山観光をするため、洞爺湖温泉の道南バスターミナルから道南バス・昭和新山行に乗る。 |
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| 15:12 | 終点・昭和新山に到着。前(2000年3月31日)に来たときには撮影しなかった、昭和19〜20年、有珠山噴火で昭和新山ができたときに観測し続けた三松正夫さんの像を撮影する。この像は昨年1〜2月、東京・ていぱーく(逓信総合博物館)で「地球の声を聞いた男〜郵便局長と昭和新山〜」の特別展を行ったとき、入口に置かれたものと同じがありました。(ていぱーくで展示していたのは原型です) |
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| 15:20 | 昨年も撮影した、丸形ポストを改めて撮影する。昭和新山のポストの後ろ・下側には「昭23 昭和製」と表示されていました。昭和新山ができた(昭和20年)の直後に「昭和」製の丸形ポストというのは、シャレてますね(^^)。 |
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| 15:45 | 昭和新山駅から有珠山ロープウェイに乗る(運賃1,450円(往復))。なお、有珠山ロープウェイのエコー葉書が2度発売(1998年4月24日(再生紙)、1999年3月25日(ケナフパルプ))されていて、図柄は2度とも同じです。
有珠山ロープウェイホームページ(ワカサリゾート) |
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| 15:51 | 有珠山山頂駅に到着する。天気が悪く、もやぎみの状態。で、私は山頂の売店横にあった2種類のスタンプを押す。 |
| 16:15 | 有珠山山頂駅から昭和新山駅行に乗る。 |
| 16:21 | 昭和新山駅到着。 |
| 16:27 | 昭和新山資料館「三松正夫記念館」に行く(入館料300円)。入館は2度目。わずかの時間ですが、有珠山噴火という自然の怖さ、そして、好きなこととして昭和新山の成長過程を危険な状況ながら観測し続け、その昭和新山を愛し、守り続けた三松正夫さんの思いを再確認してきました。なお、展示品の中には戦前の壮瞥郵便局風景印(昭和11年11月11日付。三松正夫さんが壮瞥郵便局長をやっていた時期です)がありました。16:43・記念館を出る。 |
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| 16:46 | 昭和新山中央バス停(始発・昭和新山バス停の次のバス停)から道南バス・洞爺湖温泉行に乗る。 |
| 16:54 | 西湖畔バス停で降りる(運賃220円)。 |
| 17:00 | 宿泊するホテルに到着する。ホテルでは、マラソン同好会の有志が集まり、夕食を食べる。翌日マラソンだというのに、サッポロの発泡酒「北海道生搾り」350ml缶を2本飲む(^^;。そして、温泉に入り、22時頃に寝る。 |
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